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大阪地方裁判所 平成7年(ヨ)3516号 決定 1996年3月29日

債権者

甲野花子

右代理人弁護士

武村二三夫

養父知美

債務者

社会福祉法人大阪府衛生会

右代表者理事

石神亙

右代理人弁護士

石田文三

川村哲二

主文

一  本件申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一事案の概要

本件は、債務者に看護婦として勤務していた債権者が、債務者の名誉を毀損する文書を配付した等の理由で懲戒解雇を受けたところ、解雇事由に相当する事実はないこと、右解雇は不当労働行為にあたること等を主張して、債務者の従業員たる地位の保全及び賃金相当額の仮払いを求めた事案である。

一  申立ての趣旨

1  債権者が債務者との間で労働契約上の地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、金三〇万八五三六円及び平成八年一月から毎月二五日かぎり金四五万〇九三七円を仮に支払え。

二  基本的事実関係

疎明資料及び審尋の結果によれば、以下の事実が疎明される。

1  債務者は、第一種社会福祉事業を目的とする社会福祉法人であり、昭和四三年に開設された虚弱児施設である「健康の里」、平成五年四月に開設された情緒障害児短期治療施設である「希望の杜」並びに平成五年一二月に右両施設における入所児童の精神保健及び医療活動並びに地域における精神科医療の充実を目的として開設された大阪府衛生会附属診療所を経営している。

その就業規則五条には、「職員は施設の業務並びに職員及び対象者の身の上に関し、その職務上知り得た秘密事項については、在職中は勿論、退職後と雖も、みだりに他に漏らしてはならない。」と、三三条には、「職員は、職務の公共性を認識し、施設長は理事長の、一般職員は施設長の指示により児童福祉のために民主的かつ能率的に職務を遂行しなければならない。」と、五二条には、懲戒解雇事由として、「(1) この規則に違反し、この法人の名誉若しくは、体面を汚したとき。」、「(6) 正当な理由なくして、二週間無届で欠勤し職務を放棄したとき。」、「(7) 職務上の指示命令に不当に反抗し、職場の秩序を乱したとき。」、「(11) その他前各号に準ずる行為のあったとき。」と規定されている。

2  債権者は、昭和五二年三月、看護婦として債務者に雇用され、当初、「健康の里」で勤務していたが、平成六年四月一日から附属診療所に配置転換された(以下「本件配転」という。)。また、債権者は、右配転の直後である同月一五日、労働組合である北摂地域ユニオン(以下「組合」という。)に加入した。

3  債務者は、平成七年一二月一一日、債権者を懲戒解雇する旨書面で意思表示した(以下「本件解雇」という。)。右解雇通告書(<証拠略>)には、就業規則五二条(6)にあたる解雇事由として、「勤務を要しない休診日(木曜日)に、業務命令に反ししばしば来所し、その振替休日の名目で平成七年五月一日から同年一一月末日までの間に、二〇日間を許可なく欠勤した。」と、同条(7)にあたる解雇事由として、「右の行動を注意した診療所長に対し、『休診日の押しつけに対するアピールです。』(平成七年六月一六日)、『明日(木曜日)も出て来て(団体交渉の)テープおこしをします。』(平成七年八月三〇日)など、明らかに職務上の指令(ママ)・命令に不当に反抗し、職場の秩序を乱した。」と、同条(1)にあたる解雇事由として、「『看護婦不当配転撤回支援団』と称する正体不明の団体名を使い、当法人及び理事長を誹謗・中傷する文章、法人内であたかも不正が行われているかの様な印象を与える文章、当法人とは無関係な新聞記事のコピー等を併せて印刷し、法人内外の多数の個人ならびに団体に郵送配付して、当法人の名誉、信用、体面を汚した。」と記載されている。

4  債権者は、債務者から、本件解雇当時において、毎月二五日かぎり金四五万〇九三七円の給与の支払いを受けていた。また、債権者は、右解雇後、平成七年一二月二五日支払分の給与として、金一四万二四〇一円の支払いを受けた。

三  争点

1  本件仮処分命令申立事件において、解雇通告書に記載されていない事由を解雇事由として追加主張することの許否

2  以下の(一)ないし(一〇)の各解雇事由の有無

(一) 債権者は、本件配転後、精神科看護婦としての技量の向上を要請されたにもかかわらず、新しい知識・技術習得には全く無関心で、職務時間中も、専ら、本件配転を非難する文書作成等に熱中していた(就業規則五二条(7)、(11))。

(二) 債権者は、附属診療所において、医師の診療行為の介助を進んで行おうとはせず、また、医師の外部への診察への付添いを求められても、これを拒否した(同条(7))。

(三) 平成六年七月一六日、附属診療所の医師であり、債務者代表者でもある石神亙(以下「石神」という。)が、患者に対して大阪大学医学部付属病院を紹介したところ、債権者は、別の病院を記載したメモを密かに患者に手渡し、別の病院を紹介しようとした。また、石神に無断で、患者の保護者に、泌尿器科での受診を勧告したりもした(同条(11))。

(四) 附属診療所での勤務時間中に、債務者との団体交渉の録音のテープ起こしや、本件配転を不当と訴える文書の作成に熱中していたほか、債務者に無断でコピー機を使用して、組合関係の文書を作成していた(同条(11))。

(五) 本件配転により「健康の里」の職員でなくなっているにもかかわらず、「健康の里」の保母の一人が、他の保母に全く連絡せずに忌休を取ったことに関し、一方的に、右忌休を取った保母を擁護し、他の保母を糾弾する文書を送りつけ、あるいは、「看護婦不当配転撤回支援団」と題する文書にこの旨を掲載して、「健康の里」へ不当に干渉した(同条(11))。

(六) 「健康の里」に入所していたが、必要があって病院に入院していた者について、「健康の里」の施設長に全く無断で、外泊の処置を決めようとした(同条(11))。

(七) 本件配転により、「健康の里」の職員ではなくなっているにもかかわらず、「健康の里」の職員旅行に参加しようとして、混乱を生ぜしめた(同条(11))。

(八) 平成七年五月一日から、附属診療所では、毎週木曜日を休診日かつ休日とする旨の通知を同年四月一八日に受けたところ、かような一方的な変更は認められないとして、これに反対し、同年五月から、毎週木曜日に出勤し、他の自分の都合の良い日に無届で欠勤し、その日数は合計二〇日を超えた(同条(6))。

(九) 石神から、右の欠勤について、再三注意を受けたが、平成七年六月一六日には、「休診日の押しつけに対するアピールです。」と述べ、同年八月三〇日には、「明日(木曜日)も出てきて(団体交渉の)テープ起こしをします。」と述べて、債務者の業務命令に故意に従わず、ほしいままに出勤してきた日に、団体交渉のテープ起こしをする等、職務外の行為を行って、著しく職場の秩序を紊乱させた(同条(7))。

(一〇) 本件配転後、平成六年五月から平成七年一一月までの間に、「看護婦不当配転撤回支援団」と称する団体を名乗り、債務者を誹謗・中傷する文書を、一号から三一号まで、大阪市中央児童相談所を含む大阪府下の各子ども家庭センター(児童相談所)、教育委員会、大阪府庁福祉部、障害者施設、社会福祉協議会、精神科医等に配付した(同条(1))。

3  本件解雇における不当労働行為性の有無

4  本件解雇における解雇権濫用の有無

5  保全の必要性の有無

右各争点に関する当事者の具体的主張は、本件記録中における債権者の「従業員地位保全仮処分申立」と題する書面、一九九六年一月九日付け、同月二五日付け、同年二月一四日付け、同年三月一日付け、同月二一日付け及び同月二七日付け各準備書面並びに債務者の答弁書、平成八年一月八日付け、同月二五日付け、同年二月九日付け、同年三月一三日付け、同月一四日付け、同月二五日付け及び同月二七日付け各準備書面記載のとおりであるから、これらを引用する。

第二争点に対する裁判所の判断

一  争点1(解雇事由の追加主張の許否)について

前記のとおり、本件解雇を通知した書面には、解雇事由として、前記第一の三の2の(八)ないし(一〇)の事実のみが記載されている(ただし、前記(八)の事実については、「無届で欠勤した」ではなく、「許可なく欠勤した」と記載されている。)ところ、本件において、債務者は、同(一)ないし(一〇)の事実の全てを解雇事由として主張する。

ところで、懲戒解雇等の懲戒処分は、企業ないし法人の秩序に違反した行為に対する一種の秩序罰であり、組織秩序に違反する特定の非違行為を対象として行われるものであるところ、懲戒事由に該当する複数の行為が存在する場合には、使用者としては、その一部だけを対象として懲戒処分をすることも許されると解される。そうすると、ある懲戒処分の対象となる非違行為は、使用者が処分時に懲戒事由とした行為に限られるものというべきであって、後日、その効力を争う裁判において、使用者が、処分当時認識していなかった行為等、処分時において懲戒事由としていない非違行為を、懲戒事由として追加主張することは許されないというべきである。

しかし、被処分者に対し、懲戒の意思表示を通知する書面は、必ずしも、右のような法的意味を正確に認識した上で作成されるものではない。かかる書面においては、使用者が懲戒事由とした事実のすべてが網羅的に記載されているとは限らず、代表的な事由のみを例示的に記載していることも多いのであって、かような事情にかんがみれば、懲戒処分時に使用者において認識していた事実については、懲戒事由から除外する旨明示した上で懲戒の意思表示を行った等、特段の事情のないかぎり、たとえ右書面に記載されていないものであっても、懲戒事由とされているものと推定すべきであって、その効力を争う訴訟において、使用者において追加的に主張し得るものと解すべきである。そして、審尋の全趣旨によれば、前記(一)ないし(八)の各事実は、仮に存在するとすれば、本件解雇時において債務者が認識していたことは明らかであって、右にいう特段の事情は窺われないから、債務者は、前記(一)ないし(一〇)の事実の全てについて、本件解雇の事由として主張し得るものと解すべきである。

二  争点2(解雇事由の存否)について

1  解雇事由(一)(前記第一の三の2の(一)記載の解雇事由をいう。各解雇事由については、以下、同様に略称する。)について

(証拠略)によれば、債権者は、本件配転後、石神から、精神科看護婦としての技量を向上させるよう要請されたが、新しい知識・技術を習得することについては無関心であったことが疎明される。

しかし、一般に、新しい職場に配転を受けた労働者が、新しい知識や技術の習得に努めるべきことは、労働契約上当然の義務であるにせよ、右の石神の要請は、これに副う一般的なものであって、「職務上の指示命令」に該当するとは解しにくいから、債権者の行為が就業規則五二条(7)にあたるとすることはできない。

2  解雇事由(二)について

債務者は、就業規則五二条(7)に該当する解雇事由として、債権者が、石神の診療行為の介助を進んで行おうとはせず、石神から言われて初めて介助を行い、また、附属診療所へ来ない患者について、患者が通う作業所等に出向いて診察する必要があったときに、石神から付添いを求められたところ、これを拒否した旨主張する。

しかし、その前半部分については、何ら職務上の指示命令の存在は主張されていないし、後半部分も、(証拠略)に照らせば、かような拒否行為はせいぜい一、二回であると主張するもののようである。そして、(証拠略)によれば、就業規則五二条のうち、(7)を除く各項の定める懲戒解雇事由は、いずれもかなり重い非違行為を類型化して列挙したものと考えられるから、これら他の懲戒解雇事由との均衡を考えた場合、債務者が右のとおり主張する程度の事由では、その真否を認定するまでもなく、主張自体において、同条(7)の「職務上の指示命令に不当に反抗し、職場の秩序を乱したとき。」にあたらないというべきである。

3  解雇事由(三)について

(証拠略)によれば、平成六年七月一六日、石神が、附属診療所の患者に対して大阪大学医学部付属病院を紹介したところ、債権者は、別の病院(関西てんかんセンター宇多野病院)を記載したメモを密かに患者に手渡し、別の病院を紹介しようとしたが、患者の母親から石神への問い合わせで発覚し、事なきを得たことが疎明される。

債権者は、この件に関し、(証拠略)において、るる弁解するが、事情の如何を問わず、看護婦が、医師の紹介した病院と異なる病院を患者に指示することが、その権限を逸脱して職場秩序を乱すものであることは明らかである上、場合によっては、患者及び債務者に損害を及ぼしかねない重大な非違行為にあたるものである。

したがって、債権者の右行為は、就業規則五二条(11)に該当するものというべきである。

4  解雇事由(四)について

(証拠略)によれば、債権者は、遅くとも平成六年夏ころから、附属診療所における職務時間中に、組合と債務者との後記三の3の団体交渉のテープ起こしや、本件配転を批判する文書(<証拠略>)の作成等に熱中していたこと及び債務者に無断で債務者のコピー機を使用し、組合関係の文書を作成していたことが疎明される。

この行為は、右のように、相当長期間にわたるものであり、他の懲戒解雇事由に準じ、就業規則五二条(11)に該当するものということができる。

5  解雇事由(五)について

(証拠略)によれば、債権者は、本件配転により「健康の里」の職員でなくなっていたにもかかわらず、従前から仲の良かった「健康の里」のS保母が、チームを組んでいる他の三名の保母に全く連絡・引き継ぎをせずに、平成七年一月二四日から祖父の死亡による忌休を取ったため、右三名の保母から問題とされたことに関し、平成七年二月二日、S保母を擁護し、他の保母を糾弾するファックスを右三名の保母らに送りつけ、あるいは、「看護婦不当配転撤回支援団」と題する文書の第一一号(<証拠略>)にこの旨を掲載したことが疎明される。

右行為は、正当の理由なく、自己とは関わりのない他の職場の問題にみだりに干渉するものであって、それ自体非難されるべき行為であるし、たとえば、長期にわたり執拗に行われる等、その態様によっては、懲戒の対象たる非違行為に該当する場合もあり得るというべきであるけれども、右の程度では、就業規則五二条の(1)ないし(10)に列挙する他の懲戒解雇事由に準ずるような重大な非違行為とまではいえないから、同条(11)に該当すると解することはできない。

6  解雇事由(六)について

(証拠略)によれば、債権者は、「健康の里」の職員ではなくなった平成六年七月ころ、事情により他の病院に入院中であった「健康の里」入所児童であるAについて、「健康の里」の施設長に全く無断で、自宅に外泊させようとしたことが疎明される。

この行為も、自己の権限を逸脱し、職場の秩序を乱す非違行為にあたるけれども、結局外泊はなされなかったのであるし、就業規則五二条(1)ないし(10)の各事由との均衡を考えると、これらに準ずるほどの重大性があるとは考えられず、同条(11)に該当するものとはいえない。

7  解雇事由(七)について

債務者は、債権者が、既に「健康の里」の職員ではなくなっているにもかかわらず、「健康の里」の職員旅行に参加しようとして、混乱を生ぜしめたと主張する。

しかし、仮に、そのような事実があったとしても、右行為は、場合によっては、職場の人間関係に悪影響を与えるものであるにせよ、債務者の業務遂行とは直接関係のない親睦旅行に関する事柄であって、就業規則五二条(1)ないし(10)の各行為との均衡を考えても、これらに準ずるほどの重大性があるとは考えられず、同条(11)に該当するものということはできない。

8  解雇事由(八)について

(証拠略)によれば、債務者の附属診療所では、平成七年五月一日から、毎週木曜日を休診日かつ職員の休日とし、これに先立つ同年四月一八日、債権者に対してその旨通知したところ、債権者は、かような一方的な変更は認められないとして、これに反対し、同年五月から、木曜日に出勤した上、平成六年の中途からは、振替休日の取得にあたっては、所定の用紙(<証拠略>)により届け出るべきこととされ、その旨通知されていたにもかかわらず、これをしないで、他の自分の都合の良い日に欠勤したことが疎明される(なお、<証拠略>によれば、債権者は、この休みの性質について、就業規則二四条一項に定められた四週八休制の週公休日と理解していたものの如くである。しかし、<証拠略>により疎明される就業規則一七条の規定と対比すれば、就業規則二四条一項が診療所に適用されないのは明らかであり、債権者のこの認識は、債務者における休日の制度につき必ずしも正確に理解した上のものではないと考えられるし、債権者の欠勤が振替休日としてなされたことについては当事者間に争いがないので、本件においては、もっぱら、債権者の欠勤は、振替休日としてなされたものであることを前提とすることとする。)。

これに対し、債権者は、木曜日は休診日ではあっても休日ではなかったと主張するが、(証拠略)により疎明される債務者の就業規則一七条の規定に照らせば、この主張が採用できないことは明らかである。また、債権者は、振替休日を取る場合には、あらかじめ出勤簿(<証拠略>)にその旨記入していたから、右の欠勤は無届にはあたらないとも主張するが、仮に、右の記入がすべて事前になされていたとしても、右のように、振替休日を取得するにあたっては、(証拠略)という所定の用紙で届出をすべきこととされていた以上、これに所定の記載をしないでなされた欠勤は、無届のものというほかはない。

そして、審尋の全趣旨によれば、債務者の就業規則上は、振替休日の制度はなく、慣行上運用されていたことが疎明されるけれども、振替休日は、業務上の必要による使用者からの命令により休日に勤務した場合に、その代償として休むことが許されると解するのが条理であって、特に命令もないのに休日に出勤し、その替わりに、ほしいままに振替休日を取ることが許されないのは、いうまでもないところである。そうすると、債権者が振替休日として休んだ日は、正当の理由のない欠勤というの外はない。

ところで、(証拠略)によれば、債務者において、債権者が振替休日として休んだと主張する日(<証拠略>記載の合計二〇日)の中には、盆休みや、石神の指示により有給休暇として休んだ日が混入していることが明らかであり、右の正当の理由のない欠勤が、合計一四日を超えているか否かについては、疑問のあるところである。しかし、その点をさておくとしても、就業規則五二条(6)の要件の一つである、二週間の無届欠勤の意味については、文理的には、連続して二週間の欠勤及び通算して合計一四日の欠勤の双方に解することができるところ、「二週間」の語は、「一四日」の語よりも、連続したひとまとまりの期間を指すとする方が、語感的に、より適合するし、通算して二週間と解すると、どの期間内に合計一四日欠勤した場合がこれにあたるのか(たとえば、一年間なのか、二年間なのか、採用されてからの全期間なのか)、明確でなくなることとなる。したがって、右の懲戒解雇事由の要件については、連続して二週間欠勤した場合を指すと解するのが相当である。

そうすると、結局、債権者の前記行為(この欠勤が、連続した日になされたものでないことは、<証拠略>により明らかである。)は、就業規則五二条(6)には該当しないこととなる。

9  解雇事由(九)について

(証拠略)によれば、石神が、債権者に対し、右の欠勤を注意し、木曜日に出勤しないよう命じたところ、平成七年六月一六日には、「休診日の押しつけに対するアピールです。」と述べて、債務者の業務命令に従わず、同年五月から一一月までの間に、合計二〇日出勤したことが疎明される。

これに対し、債権者は、平成七年四月一八日に、石神から木曜日を休日とする旨通知された際、債権者のほうから、従前は月曜日から土曜日まで誰かがいるようにしていた経過があるので、債権者が基本的に木曜日に出勤するようにしたいと申し出たところ、石神も納得して、しばらく債権者の申し出どおりに運用して、様子をみる旨答えたと主張し、(証拠略)中にもこれに副う部分がある。しかし、(証拠略)によれば、債権者は、全ての木曜日に出勤したものではないことが明らかであって、債権者の右主張及び(証拠略)中のこれに副う部分はこの出勤状況と整合せず、採用できない。

そして、右に疎明された債権者の行為は、就業規則五二条(7)の懲戒解雇事由「職務上の指示命令に不当に反抗し、職場の秩序を乱したとき。」に該当することは明らかである。

10  解雇事由(一〇)について

(証拠略)によれば、債権者は、本件配転後、「看護婦不当配転撤回支援団」と称する団体を名乗り、債務者を批判する文書を、平成六年五月から平成七年一一月までの間に、第一号から第三一号まで、大阪府下の各子ども家庭センター(児童相談所)、教育委員会、大阪府庁福祉部、障害者施設、社会福祉協議会、精神科医等に配付したことが疎明される。

右文書のうち、その第四号(<証拠略>、平成六年七月発行)においては、「理事長の一筆で退職者の公舎居座り容認?」と記載されており、これを読む者に、退職者が、正当権(ママ)原なく債務者の建物に居住し続けていること及びこのことについて、債務者の理事長が何らかのメモなり念書なりによる不明朗な裏合意をしているとの印象を与えるものである。そして、なるほど、(証拠略)によれば、退職した元施設長とその家族が、債務者所有の建物に居住し続けていることが疎明されるのであるが、同(証拠略)によれば、債務者としては、このことを容認しているわけではないことが疎明されるし、また、「理事長の一筆」というような、この居住につき理事長が何らかの文書による不明朗な裏合意をしているとの疎明は全くないのである。

また、同じく右の第四号においては、「土地売買契約破棄(解約)! 損害金¥二五〇〇万円」と記載されており、これを読む者に対し、債務者の何らかの落度により土地売買契約が破棄されるに至り、債務者が二五〇〇万円の損害を被ったとの印象を与える。しかし、(証拠略)によれば、債務者は、「希望の杜」建築費用を捻出するために、所有不動産を売却する契約を締結したが、「希望の杜」着工の直前になって、買主から強引な値引きを要求されたため、やむなく、手付倍返しにより売買契約を解除し、他に売却して、着工にこぎつけたものであることが疎明される。

そうすると、債権者の以上の行為は、就業規則五条及び四一条に違反し、正当の理由なく債務者の名誉又は体面を汚すものであるから、就業規則五二条(1)に該当することは明らかである。

三  不当労働行為性の有無について

1  債権者は、本件解雇は、債権者の加入する組合との団体交渉を拒否し、債務者から労働組合員を排除するためになされた不当労働行為(労働組合法七条二号、一号)であると主張する。

2  そこで、まず、後記3のとおり、右団体交渉の主要な対象事項となった本件配転について検討するに、(証拠略)によれば、債権者は、「健康の里」で勤務していた当時、看護婦がなすべきこととされていた入所児童の通院付添業務を他の保母などに押しつける、施設内で猫を飼育する、窓ガラスを割った少年の下半身を裸にして正座させる等の人権侵害をする、児童が楽しみにしていた外泊を、指導と称して遅らせる、他の職員との協調を欠く等の問題点が見られ、他の職員の不満や反発が著しく高じていたため、債務者において新たに附属診療所が開設されたのを機に、右のような「健康の里」での問題を解消し、かつ、債務(ママ)者の勤務態度の改善の期待の意味も込めて、本件配転がなされたことが疎明される。

これに対し、債権者は、右のような事実を概ね否認するか、その正当性をるる主張し、本件配転は、労働条件の改善要求等に熱心であった債権者を「健康の里」から隔離し、閑職に追い込んで、あわよくば退職に追い込むために行われたものであると主張する。しかし、前記の各事由は、平成七年一月から二月にかけて、「健康の里」の職員の多くから石神宛に提出された書簡(<証拠略>)にも記載されているところ、これらの文書が、債務者の圧力等によって作成されたような事情は全く窺われないから、これらにも照らすと、債権者の右主張は到底採用できない。

3(一)  次に、本件解雇に至る期間における債務者と組合との団体交渉の経緯について検討すると、(証拠略)に、審尋の全趣旨を総合すれば、以下の(1)ないし(15)のとおり疎明される。

(1) 本件配転後、債権者の相談を受けた組合は、この配転は、債権者の労働条件改善のための活動に対する報復人事であり、その背景には、典型的な女性差別があると判断し、債務者に折衝を申し入れた。なお、前記第一の二の2のとおり、債権者は、平成六年四月一五日、組合に加入した。

(2) 平成六年四月八日、組合の副執行委員長である脇田憲一(以下「脇田」という。)は、石神と面接したが、その際、石神は、債権者が仕事よりも自己都合を優先させ、他の職員に対して高圧的な態度をとり、感情的になりやすく、入所児童に対しても、人権を無視する言動があり、「健康の里」で種々の問題が生じていること、附属診療所で、通院する障害児や障害者などと接することで、債権者の自己中心的な態度が改まると期待できることから、本件配転を行った旨を説明し、理解を求めた。

(3) 平成六年七月一二日、組合の執行委員長である泰山義雄(以下「泰山」という。)からの申し入れにより、第一回の団体交渉が行われた。債権者及び組合の要求は、本件配転を撤回し、債権者を「健康の里」へ復帰させること、債権者を主任看護婦に任命すること及び債務者の理事会が相当と認めた者で構成され、施設運営についても意見を述べることが期待されている機関である法人事務局の局員に債権者を任命することの三点であったが、債務者は、前記2で疎明されたような本件配転の理由等にかんがみ、これらをいずれも拒絶した。

(4) 平成六年八月二六日には、債権者からは石神並びにいずれも債務者の理事会の構成員である菅信一(以下「菅」という。)及び日野一彦(以下「日野」という。)が、組合からは泰山が出席し、事務折衝を行ったが、その際、泰山から、債権者が「健康の里」へ復帰しない方向で納得しそうであるが、名誉回復の方法がとれないか、との提案があった。そこで、後日、石神が、脇田に対して具体的な名誉回復の方法につき打診したところ、主任看護婦への昇格で足りる旨の回答を得た。

(5) そこで、債務者としては、やむなく主任看護婦への昇格の点は受け入れることとし、平成六年一〇月一日付けで、債権者を主任看護婦に任命する旨、同年九月一六日付けで通知した。

(6) ところが、平成六年九月二一日には、債務者の法人創立一〇〇周年の記念式典が予定されていたところ、その前日である同月二〇日、泰山から、石神に対し、電話で、債権者の法人事務局員への任命を求めてきた。石神がこれを拒絶すると、泰山は、それならば、翌日の記念式典に組合員を動員して抗議行動をする旨申し向けたので、記念式典への妨害を恐れた石神は、やむなく、その場で、債権者を法人事務局員に推薦することを承諾するに至った。

(7) 平成六年一〇月一一日、組合から、協定書案(<証拠略>)が送付されて来たが、右協定書案には、右のほかに、債務者において解決したと認識していた債権者の「健康の里」への復帰問題について今後とも協議する旨の条項が記載されていた。このことと、石神において債権者を法人事務局員に推薦することを承諾するに至ったことについての右(6)のような事情にかんがみ、石神は、組合に対し、債権者を主任看護婦に昇格させる以外の条件は受諾できない旨回答した。

(8) 平成六年一一月二二日に、第二回の団体交渉が持たれたが、組合から、石神に対して、右(7)のように、法人事務局員への推薦の承諾を撤回したことに対して、かなり激しい非難がなされ、その中で、泰山は、激昂して、出された湯飲みを割るというような暴力的な態度も示した。その結果、石神及び菅は、右の事務局員推薦承諾の撤回が債務者の方針変更によるものである旨の文書(<証拠略>)を作成するに至った。

(9) 平成六年一二月二三日には、第三回団体交渉が持たれたが、ここでも、石神に対する激しい非難が行われ、その結果、石神は、「甲野看護婦を当法人事務局員として推薦しなかった責任は私にあり、もしそれに代わる善後策がとれないか、私の行動に不適切な点があるならば、辞任も含め責任を取ります。」との文書(<証拠略>)を作成するに至った。

(10) その後、平成七年一月一七日にいわゆる阪神・淡路大震災が起こり、また、組合の関与していた他の労働問題において、刺傷事件が発生し、組合がその対応に追われたため、団体交渉はしばらく中断していたが、平成七年七月三一日、組合からの団体交渉の申し入れに対して同年八月八日に行われた事前折衝において、債務者としては、従前の経緯にかんがみ、団体交渉には応じられない旨申し入れた。債権者及び組合は、これに対し、同月九日、日野が入所児童と話し合いをしていた最中に、「健康の里」に来所して、四時間以上にわたって日野に抗議し、団交拒否が違法である旨の文書(<証拠略>)を作成させた。

(11) そして、石神は、平成七年八月三〇日の団体交渉に応じたが、そこでも、組合は、石神の責任追求(ママ)に終始し、石神は、理事会に対して、代表者としての信を問う旨の文書(<証拠略>)を作成するに至った。

(12) 石神は、平成七年一〇月二八日に開催された理事会において、組合側の文書を示し、従前の経過を示したところ、理事会としては、前記の協定書案に合意しなかったことは正当であり、かつ、今までの石神の対応にも賛成する、との結論に達した。

(13) 組合は、同年一一月二七日に団体交渉を開催することを、同月一七日付けで債務者に申し入れ、同月二一日、菅及び日野が、泰山と事前折衝を行った。

(14) 同月二五日、石神は、組合に対し、右の団体交渉の期日を平成七年一二月一二日に延期したい旨申し入れた。

(15) そして、その延期後の団体交渉予定日の前日である同月一一日、前記のように本件解雇の意思表示がなされ、その後、債務者は、債権者が既に債務者の従業員でなくなったとして、組合との団体交渉を拒否している。

(二)  以上のように疎明されるところ、債権者は、右(一)の(6)の債権者を法人事務局員に推薦する旨の石神の承諾は、電話とファックスによる平和的な折衝の結果なされたものであると主張する。しかし、この承諾が、債務者の法人一〇〇周年記念式典の妨害を申し向けられて畏怖した結果であることは、(証拠略)の記載からも裏付けられるところ、これが平和的な折衝であるとは到底いい難いから、右主張は採用できない。

4  ところで、債務者は、本件解雇は、専ら、前記の解雇事由を理由として行われたものであって、当時なされていた団体交渉とは無関係であると主張する。しかし、前記3の(一)で疎明された組合と債務者との交渉経緯と右解雇の意思表示との時系列的な関係に照らすと、本件解雇は、その動機面において、組合との団体交渉との間に一定の関連性を推認せざるを得ず、債務者の右主張は、この意味で採用できない。

しかし、このことから、本件解雇が、債権者が組合に加入していることや、組合の正当な行為をしたこと(労働組合法七条一号)の故をもってなされたとか、組合との団体交渉を正当な理由がなくして拒むこと(同条二号)の目的をもってなされたと直ちに推定することはできない。本件配転の理由は前記2のとおりであって、債務者が、債権者を「健康の里」へ復帰させることや、債権者を法人事務局員に任命することを拒んだことには無理からぬものがある上、前記3の(一)(とりわけ(6)及び(8))のとおり、組合の交渉方法は、平和的な折衝の限度を逸脱した、かなり強引なものであり、石神が同(7)のとおり、法人事務局員への推薦の承諾を撤回したことも、一概に約束破棄として不当視することはできない。このような点をも斟酌して前記3の(一)の経緯をみれば、債務者は、債権者を主任看護婦にすることまでは受け入れたものの、さらに、組合の正当とはいえない交渉方法によって追い込まれて行ったが、前記のような理由から、同人を法人事務局員にしたり、「健康の里」へ復帰させるわけにはゆかず、その処遇問題について苦慮した結果、債権者を法人事務局員にしたり、「健康の里」へ復帰させるような事態を根本的に回避するために、本件解雇に踏み切ったものと推定することも多分に可能であって、本件解雇が、右の債権者の主張するような目的でなされたということについては、疎明が不十分といわざるを得ない。

したがって、本件解雇が不当労働行為に当たるとの債権者の主張は、結局において採用することができない。

四  懲戒解雇の相当性について

前記二で疎明された解雇事由のうち、(三)及び(四)の重大性は、それぞれにおいて説示したとおりである。

また、解雇事由(九)については、かかる行為は、薬品等の管理上も問題があるばかりでなく、前記二8のように、正当の理由なく欠勤する行為の前提となったものであり、著しく職場秩序を乱すものという外はない。

さらに、解雇事由(一〇)については、債務者の経営する児童福祉施設は、入所児童数に応じて支給される措置費によって運営されているところ、児童の措置権限は、児童相談所にあるから、前記のような文書が子ども家庭センター(児童相談所)へ配付されると、児童の措置数が減少し、措置費も減少する結果となって、財政的に大きな打撃を受けるおそれが多分にあるものである。

以上のような、本件解雇事由に該当する債権者の行為の重大性にかんがみれば、これに対し、懲戒解雇をもって臨むのは、やむを得ないものというべきであって、右解雇につき権利の濫用はない。

第三結論

以上によれば、本件解雇は有効であり、債権者は、既に債務者の従業員たる地位を喪失していることとなる。よって、本件申立ては、争いある権利関係についての疎明がないので、争点5(保全の必要性の有無)について判断するまでもなく、これを却下すべきこととなる。

(裁判官 原啓一郎)

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